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Surf culture

a shaper's tale. part two.

Writing & Photo by 空志海児

1969年に中学生でサーファーだったら
考えることなんてひとつしかないに決まってる。
つまり1秒1刻でも早くこの義務教育を終え、
卒業式の午後から老いて死ぬまでずっとサーフィンだけして暮らすのだ。
それでもし仕事をするなら、もちろんサーフボード工場で働く以外に
いったい何があるというのか?(サーファーだったら・・・)
だいいち千葉市街に近い蘇我のサーフショップ“なかむら”を除くと
房総半島にサーフショップは4軒しかないし、
その内の2軒は夏しかやってない状態だったから、
サーフショップの店員なんて職業はまだ無かったのだ。

だから実際に、15才の誕生日の前後には、そのころすでに
埼玉に工場を構えサーフボード造りをしていたヤシロサーフボードの
屋代さんに「おれを工場で使って下さい!」と頼み込んでいた。
ところが屋代さんからは丁重に「サーフィンなんて流行る見込みないし、
将来もこれで食っていくのは無理だろう。」と断られてしまった。
どうしてこんなにおもしろいサーフィンってものを誰もやらないんだろう!?
私はこの不思議さを理解できないばかりか、世の中のサーフィンしない
ノンサーファーの存在に怒りを覚えてさえいた。

でも考えてみれば世の中の人間はサーフィンが嫌なのではなく、
12月も押し詰まった年の暮に、海から上がって海パンいっちょうで
焚火にあたったり、波乗りとは名ばかりで、パーリングのたびに
砂浜まで流れて行ってしまうサーフボードを泳いで取りに戻る行為を
馬鹿らしいと考えていたのだろう。
ほんとうはそれがサーフィンのベストパートなのに・・・

この時点でサーフボード工場で働きたい!という私の夢は、
サーフボードの需要が皆無に等しいという現実の前に砕け散ってしまった。
それでも2月の春一番の吹き荒れた日に砂浜で、
東京から来ていた大人のサーファーに将来の事を聞かれた時には
「サーフボード造りで生きていく!」と宣言していたのだからしぶとい。
サーフボード造りはサーフィンと同じと思い込んでいたので、
迷いなんて有るわけ無かった。
1969年に中学生でサーファーだったら。

・・・to be continued.

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