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Surf culture

In the beginning

Written by Noboru Sugiyama
Special Thanks:Framing concept & Shigeki Shimizu

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80年代の始め頃、雑誌POPEYEに、こんな記事が載っていたのを知っていますか?
「海のそばでもないし、ましてファッションの街でもない、葛西の住宅街のはずれに、知る人ぞ知るロングボードショップ〈シー・レリーフ〉がある。
ロングボードといっても、けっしてオールドファッションではない。マスターの清水茂樹さんは、日本の波こそロングボードがピッタンコなのだと頑なに信じて、このショップをはじめたのだ。もちろん大きい波になればなるほどロングボードのほうが乗りやすいのは常識。だけど日本のような小さい波でもそのパワーやえぐれ方からするとハワイアンシェイプのショートよりは、よほどふさわしいとか。

たしかにショートは蝶のようにコマコマと動き回るにはふさわしい。だけどそれはロングでだってできる。サーフィンのもつダイナミックさとエレガントさをかねそなえたロングボードで海と友達になろう。」
20数年前のサーフシーンの状況を思い出してみて欲しい。もしくは、当時を知る先輩サーファーに聞いて欲しい。いかにロングがアンダーグランドな代物であったかを。そうロングボードは、まだまだサーフィンのスタイルとして確立していない時代なのであった。

因みに僕は、当時このPOPEYEを見て、シー・レリーフで念願のロングボードを手に入れたのである。友人はホビーの9'3"、そして僕はなぜかSURFBOARD ONEの8feetのアグリーを購入した。それがきっかけで僕らはロングボードにハマッタのである。

あれから20年後、世界のサーフシーンも変化し今ではすっかりロングボードも一つのスタイルとして確立した。でもなぜ、そんな時代にロングを主体としたショップを始めたのか?(買うほうも買うほうだが!)非常に興味が沸いた。
In the beginning,,,,,,,,,,,,,
これから皆に読んでもらうのは、ホントにUNDERGRANDなSTORYです。この事実を風化させたくない、また知るべき事だと思い、シー・レリーフサーフショップの準備からオープンまでの経緯を紹介したいと思う。


1978年、映画ビックウエンズデェ−の公開の年(公開前にオープンです!!前と後では大違い)にシー・レリーフは東京の下町の葛西に誕生した。オーナーの清水氏は、中学生の頃TV番組「サーフビート」に釘付けになっていた。「サーフィンしてみたい!でも日本じゃできないよなぁ、、、。」しかし、高校に入ると同じクラスにすでにサーフィンをしている人物がいた!神田の出雲そばの藤井カオル氏である。彼は、神田「TED SURF TEAM」のメンバーであり、千葉や鎌倉へ頻繁に出かけていた。(因みに鎌倉へは、横須賀線に重たいロングボードを持って行った!元祖電車サーファーである!)

清水氏は、早速「TED SURF TEAM」に入り千葉へ先輩サーファーのタモツ氏(現在は下町の老舗サーフショップ「SUNSET TOWN」のオーナー)の車で連れて行ってもらうようになった。また後に清水氏とサーフバディとなる茅場町の中学生、金子兄弟と知り合う。
氏は、勿論サーフィンの魅力にどっぷりとハマリ、高校の授業をサボっては、TEDで買ったSURFER BAG(今でいうトートバック、白と紺があった!)の中に必要なギア−を入れ、いざ鎌倉の海へ電車で行っていた。当時、稲村ガ崎に「ケンゾー&ジョージ」というショップがあり、そこで板を借りては、姥が谷、岸辺等でサーフィンに熱中、そして鎌倉ローカルとの交流が始まったのである。それからは、サーフィンだけでは飽き足らず、壊れた板を再製しながら独学でシェイプも始め、波があればサーフィン、無ければシェイプという日々を送るようになる。

ある日、稲村ガ崎で塩本エイジ氏(現在はオーストラリアでシェ‐パーとして生活している)と知り合う。そこで、日頃思っていた「サーフィンで飯を食えればいい」という考えがより具体的になり始めたのであった。
それは、塩本氏とサーフボードブランドを立ち上げから始まった。ブランド名は「Age Surfboard」で店舗をもたずオリジナルシェイプの板(シェイプの詳細なノウハウは「DROPOUT」で学ぶ)を卸し売り専門で始めた。
しかし、サーフボードビジネスは春夏は好調だが冬に入るとパッタリ暇になり、清水氏は、一旦鎌倉から東京の実家に戻った。

時代は、70年代中期サーフシーンはショーントムソン、ジェリ−ロペス、ラビットバーソロミューの時代へ突入し、ロングボードのエッセンスが無くなり始め、「SOUL SURFING」の視点から打って替わり「COMPE SURFING」が主流になり始めた。
サーフィンから得るものと言えば、コンテスト結果であり、トロフィーであり、スポンサーであり、ビジネスであった。そしてサーフボードのシェイプもだれもが争って、薄さ、軽さを追求し始めた。
そのような、サーフシーンに嫌気がさした。「俺らが求めているサーフィンって?」
しかし答えは簡単であった。自分が興味を持ち始めた頃の時代、60年代そのもの。サーファーはだれもが皆格好良く、個性的であり、サーフボードも重厚感があり、またサーフトランクスも、おしゃれな雰囲気だった。
フィルエドワーズ、ビルハミルトン、スキップフライ、マイクヘンソンそしてミッキードラ、、、、。


photo : E.Kaneko

photo : E.Kaneko

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[1] Da cat on the longwall at the“Mother Bu”
[2] HOBIE CREW Do you know them?
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